美術生活40周年!

ダウン症の天才書家・金澤翔子さんの母・旧知の泰子さんから本の装丁
依頼の電話がかかってきました。間が悪く、一ヶ月かけて本のカバーと本文
イラスト13点の制作にかかりきりの時期だったので、他の仕事への余裕が
なく、さらに急ぎの仕事のようでしたので、大変に残念でしたがお引き受け
出来なくて申し訳なく思っています。若い頃は掛け持ち仕事をして、二兎追
うものは一兎をも得ずの教訓からでした。今では仕事の量よりも、仕事の
質を大事にして、一つずつ丁寧に納得のいく仕事をしたいと願っています。
 
自由業の仕事は毎回がテストされているようなもので、雑な仕事をすると次
からの依頼が続かなくなるので、言い訳がましいのですが抱えている仕事の
完遂を優先して断念しました。でも、忙中閑ありで、一仕事が終わると安堵
感と共に妙な虚しさがあり、やはり仕事をしている時が一番充実しています。
 
依頼されるままに色々な絵を描かせていただいていますが、制作において
イラストレーションとアートの識別は意識していませんでした。若い頃の短い
一時期はアートを目指していましたが、もう、あの頃には戻れず、拙作アート
は今だ成し得る事ができずに失意のままに馬齢を重ねています。それでも、
人生は自分で作るもの、遅いという事はない。というカーネル・サンダースの
言葉に励まされ、晩年は独自の夢幻アート追求が出来ればと願っています。
 
私のアートは見えない世界の表現だと確信しています。現実に存在する見
える真実の表現は写真の分野に任せれば良いと考えています。肖像画等
のように写真が無かった時代には写真的な役割も絵画には必要でしたが、
現代では習作以外には、目の前の物をただ見て描くだけの写生は創作芸
術としては疑問に思えます。見える物しか信じないという考え方もあります
が、空気のように見えなくても存在する重要なものはあり、心や想い願い等
の見えない世界や、見た事の無いイメージを見えるように表現する事が絵
画の役割だと思っています。空想や幻想や夢など非現実の世界に魂が遊
ぶ事は現実に生きる潤いとなり、心の刺激になると考えています。美術生活
を40年以上経ち、アートの忘れ物に心疼き、今更ながら愕然としています。
 

1973年作アート「胎動」Copyright (C)AoiFujimoto. All Rights Reserved.
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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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