闇の顔

「老けちゃったね」  二十代初め頃にお世話になったイラストレーターの毛利彰さんの出版を祝う会で久し振りに毛利さんにご挨拶すると、親しみを込めた笑顔でいわれてしまった。

平成三年の懐かしい思い出だが、あれから更に歳月は過ぎ、その毛利さんも故人となり、夢幻のごとく私も66歳になってしまった。心の中は今までと変わらず成長しない少年のままなのに顔は老け、旧知の人と会うのも臆病になっている。

若い頃は夜型生活で朝起きが苦手だったのに、いつのまにか夜更かししても不思議と朝は自然と早起きできるような、正真正銘の老人になってしまった。

そんなある朝に洗面所の鏡を見て大変驚いた。鏡に映っていたのは死んだ親父の顔で、子供の頃は父に反発して嫌っていた顔が突然そこにあったので、思わず歯ブラシを取り落としてしまった。

日常生活で鏡を見るのは朝と夜だけ、それも歯磨きしながら映っている顔をチラッと瞬間的に見る程度で、普段から鏡はほとんど見ないから自分の顔を意識せずに忘れていたのだろう。遺伝だから老いた顔が似るのは仕方がないことなのかもしれないが、怖いくらいに似すぎていた。

子供の頃の私は、親父に何かと殴られ絶対服従させられた。そんな親父を、私は鬼だと思って育った。

しかし、石川県立工業高校受験の際には父と同じ機械技術者の仕事を私も将来するのかと、父は勘違いして珍しく喜んでくれた。でも私は機械科は全く眼中になく、デザイン科だけの志望だと知ると父は激怒し、以前にも増して疎遠な父と息子になっていった。

その高校も卒業し、美術の夢を追いかけて東京芸術大学へ受験したが挫折し、浪人までして金沢へは戻れないと思い、結局その年に芸大の予備校のようだった東京の阿佐ヶ谷美術学園に入学した。

私が上京したてのまだ肌寒い夜に、下宿先の大家さんがお父さんから電話だよと知らせてくれた。恐る恐る黒い受話器を握ると、父が東京へ出張で来ているという。そして、父に呼び出され一度だけ近くの居酒屋で一緒に飲んだことがある。

その時の父は熱燗の酔いがまわっていたのだろうか、なぜか嬉しいような悲しいような奇妙な顔をしていて、その表情を眺めているうちに私の心のわだかまりが薄れていくような、有り得ない気分になったことを憶えている。

父の晩年は悲惨だった。オートバイで出勤途中に、突然に横から出てきた自転車の学生を避けようとして電柱に激突し、片目を失い脳を損傷した。その後遺症が災いしてか晩年比較的早い時期に認知症になり、養護老人ホームで食べ物を咽喉に詰まらせて亡くなった。

父は恐かったが、仕事では真面目な会社員だった。永年勤めた会社が不況のため希望退職し、それらのことを様々に書かれた自叙伝のようなものが原稿袋に入って、何故か私の名前が表書きされてあった。

手書きの判読し辛い筆跡だったが、主に会社での思い出と共に私への詫びの気持ちも少々綴られていて、父なりの人生に悔いを残さないようにしたかったのだろうと思った。

そのような父のことを色々と回想しながら、過去の古い原画を整理していたところ、上京して幾たびの転居の際にも奇跡的に失わなかった子供時代の絵を多数見つけ、それと一緒にホコリだらけで光沢がなくなってしまった肖像画が出てきた。

きれいにホコリを落とすと現れたのは、暗い記憶を封印したあの戦慄の闇の顔だった。

獣のようにギラギラした眼の油絵は、高校生の頃に自宅の手鏡を睨みながら描いたもので、当時の黒い嫌悪の塊がキャンバスの底から透けてくるような気がして、反抗的な少年時代の暗い記憶が怒涛のように甦ってくる。父と同じ上半身裸姿で、肩や胸の感じが亡父と同じだったので今改めて見て愕然とした。

郷里を離れてからの私は、父のことを振り返りもしないまま過ごしてしまったが、私と三人の子供達には大酒飲みの父の遺伝子が受け継がれているようで、息子達も父と同じような仕事をするようになり、家ではいつも上半身裸で過ごす末の息子の咳払いが壁越しに聞こえると、父と全く同じなのでドキッとする。

先祖の墓を金沢から千葉に移転し毎月墓参りをしていると、父との確執が浄化されるような、父の独特な咳払いがどこからか聞こえるようで不可解な気分になる。 (つづく)

高校時代の自画像 1964年 キャンバスに油彩 60cm☓73.5cm

1964

1964,Copyright(C)2013 AoiFujimoto. All Rights Reserved.

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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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