トランジスタラジオ

少年時代の、金沢での記憶。

「だれかおらんかね!」という声で、薄暗く急な階段を駆けおりていくと、巾着袋を持った小柄なおばあさんが上がり框に腰掛けている。

私は慌てて母から預かっていた茶封筒を手渡すと、おばあさんは大事そうに手提げにしまい込み、くたびれたようにどっこいしょといいながら立ち上がると、そそくさと帰っていく。

子供の頃は、金沢の長土塀通りにある長屋のような借家住まいだったので、毎月家賃を取りに大家のおばあさんがどこからともなく夕方に現われ、私が手渡していたものだ。

両親は共働きなので、私は留守番がてら自室に籠っていることが多く、妹がいたが私とは正反対の外交的性格で、ほとんど家にいることはなく近所の女友達の家に入り浸りで遊んでいた。そんな妹とは相性が悪いのか、敬遠されていたのか、一緒に遊んだ記憶はあまりなかった。

私は学校の放課後に部活動もせず、悪友とつるむこともなく、今でいうところのヒキコモリという訳でもないが、ただ真っ直ぐ帰ると寂々とした家にポツンと一人きりだった。

もちろん夜には家族は家にいるにはいたが、普段から無口な父は仕事の付き合いや出張などで家を空けることが多く、ほとんど家にはいなかったという記憶がある。実のところ母が怖くて居づらく、家に寄り付かなかったのだろう。

ある深夜、家の前に赤色灯を点けたパトカーが静かに停まったので、窓辺の机で高校の受験勉強をしていた私は何事かと慌てて階下へ降りていくと、警察官に支えられ泥酔した父が運び込まれてきた。

溺死体のように重い父を私が背負って茶の間に入れると、普段から口うるさく気が強い母の罵声が障子を震わせていた。意識が朦朧としている父に追い討ちをかけるように悪口を浴びせ、ここぞとばかりいっても仕方のない愚痴を並べたて、息子としては悲しくて聞いていられなかった。

小学生低学年の頃、母に連れられて近江町の市場へ買い物に行った。近江町はアーケードになっていて、たくさんの生鮮食料品の店が並んでいる。その中の魚屋だったかの店の男と、値段のことで母は突然いい争いをしてしまった。

おんどりゃ、なにいっとるがいね女だと馬鹿にしてるんやろ!と、男にくってかかり、小型爆弾が炸裂してしまった。  小さな身体で小太りな母は一見すると可愛く見られるのだが、勝気で負けず嫌いである。

子供にとっては窒息しそうなそんな両親は、私の反面教師となった。  しかし、妹は両親と気が合うタイプで、夜は一緒に茶の間の炬燵でミカンを食べながら、ブラウン管の画面に厚ぼったいレンズをつけたテレビで、「一週間のご無沙汰でした」で始まる玉置宏司会の歌謡番組を好んで見ていた。

歌謡曲が苦手な私は、二階の自室で勉強しているふりをしながら、ラジオを聴き絵を描くという、まるで家族の異分子のように階下から美空ひばりや三橋美智也の歌声が聞こえる疎外感のなかで、多感な中学生時代を過ごした。

いまさらこんなことを思い出したのは、中学生の頃に描いた絵を見たからで、それは懐かしい私の宝物のトランジスタラジオの絵だった。中学生のときに描き、今はすっかり色あせてしまった水彩画だが、見ているとプラスティックのダイヤルと金属パネルの手触りを今も生々しく指先に感ずる。

私にとって“不思議の玉手箱”のようなものだったが、その箱から聞こえてきた様々な音楽や物語が私の孤独を癒し、絵を描く根気を養い、絵を描くイメージを豊かに紡いでくれたのだろうと思っている。

金沢の民間放送局MROにチューニングを合わせ、流れてくる様々なポピュラーミュージックを好んで聴いていたが、コニー・フランシスの甘く切ない歌声の「ワンボーイ」や、ザ・カスケーズの稲妻の音に始まる綺麗でかわいい曲の「悲しき雨音」などが今も鮮やかに脳裏を駆け巡っている。この曲を聴いていると、曇天で雨の多い北陸の小さな部屋でなぜか泣いている中学生の自分が見えてくる。

その他に関西の漫才や浪花節や浪曲なども流れ、時々放送される朗読番組は特に絵を描く手が止まるほど聞き入っていたものだ。

朗読は金沢生まれの泉鏡花の作品だった。泉鏡花は婦系図が有名だが、それよりも私は高野聖や夜叉ヶ池や天守物語のような怪奇幻想的な物語が好きで、ボンヤリした記憶なのだが、金魚が部屋の空間を泳いでいるというような、その題名などは忘れてしまい、ただもう、その超現実的なイメージに惹きこまれた。

最近になってインターネットの電子図書館の青空文庫でその作品を探し、確認しようとしたのだが、どの作品のどの部分だったのか、残念ながらとうとうわからずじまいになってしまった。

息が詰まるような現実生活の中であえいでいると、音楽や幻想物語の世界に浸り、しばし息がつける安らぎを得ることができる。それは父が酒におぼれたような類の現実逃避かもしれないが、アートなどは現実をただそのまま再現する表現力も大事であるが、それだけではなく、現実を超えたところに、その真価があるのではないかと深く認識し、サルバドール・ダリのような超現実的幻想世界を中学生時代に開眼した。

その時のトランジスタラジオは上京する際にも持ってきたはずなのだが、転居を繰り返しているうちに壊れてしまったか、失くしてしまったのか記憶がさだかではない。私の中学時代の悲しい身代わりとなって異次元に消えてしまったのだろうか。

(つづく)

中学生時代に描いた水彩画 「トランジスタラジオ」1960年 ケント紙に水彩

1960

1960,Copyright(C)2013 AoiFujimoto. All Rights Reserved.

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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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