動き始めた人生

彼女が去ったことで落ち込んでいた私に、学友の藤井くんが、部屋代を折半すればお互いに安く済み助かるからと杉並にあった岩田さんという材木屋の二階の一部屋を一緒にアルバイトしながら間借りして住むことになった。  そのルームメイトの藤井くんと料理をしたり掃除するなどしていたが、二階には三部屋と共同の炊事場と便所があり、その階段に接した角部屋に日吉の写真専門学校に通う年上の木村允彦さんがいた。

木村さんは和歌山の旅館の御曹子だそうで、自炊料理が得意で我々と同じ阿佐美を卒業し、カメラマンになろうとしていた。  木村さんにアーチストの本多豊國さんを紹介してもらい、本多さんには「セルバン」という喫茶店のマッチのデザイン仕事などをさせてもらった。  木村さんはプレイボーイ風の美男子で、世慣れて物知りな彼の部屋へ私たちは頻繁に呼ばれて、さまざまな面白い業界の話を聞いていた。 「この業界はな、ホモばかりだぞ! あれ、おまえたちもホモとちがうか?…」とニヤニヤしながら私たちをねめつけた。  藤井くんが即座に「俺たちは女の方がいいよ」と憤慨しながら本音を吐いたので、私は破顔一笑した。ちなみに私は同性愛者ではないが偏見もない。

そんなある夜、私だけが、部屋の隅から隅に渡した紐に現像液から取り出したばかりの濡れた何枚もの写真がぶら下げられた木村さんの部屋に呼ばれ、小声で「あおいちゃん、裸になれよ」といわれた。  あんなことをいっていた木村さんがもしや…と怪訝に思いわけを尋ねると、彼が通っている写真専門学校の卒業制作のために写真のモデルになってほしいということだった。  少しためらったが、「僕でよければ」と私は答え、その場で全裸になった私は即席男性モデルと化し、ハイコントラストの白黒写真が大きく引き伸ばされた芸術写真が完成した。

その後、東芝レコードポスターコンクールの賞金が入ったので、杉並の方南町近くにあった木村さんというおばさんの家の三角部屋へ私は引っ越し、藤井くんも私と同じ頃に学園を中退してレタリング事務所をつくり、彼は助手として雇った東京の女性と結婚した。  しばらくして、私の彼女が再び上京してきた。  彼女は私の住んでいた方南町の三角部屋は狭すぎるので、世田谷の梅が丘駅から三分ほどの羽根木公園裏にあった、どれみは荘という面白いネーミングの1DKアパートを探し出して二人で転居したのだが、どれみは荘は童謡作曲家の息子さんが所有していて、ドレミファソにかけた名称だと後で知った。

そんな日々の中で、方南町の地下鉄駅の入り口近くに張られた「Kiss in」と書かれた蛍光ピンク紙のチラシが目に付いた。  一瞬いかがわしいチラシかなとも思ったが、デザイン感覚が優れていて気になり、そのチラシに書かれた住所に行ってみた。  かわいい洋風の家があり、小柄な痩せた男が屋内に吊るしたハンモックにミノムシのように寝転んでいた。それがフリーエディターの砂山健さんだった。  砂山さんは、さまざまな出版社の編集の仕事をしながら、宇野亜喜良さんもイラストレーションを載せて松原壮夫さんがデザインした「Kiss in」という大型正方形のピンクの新聞や、洒落た15cm正方ほどの小さな自費出版の詩集を色々たくさん発行していて、私が見たのはその宣伝チラシだったのだ。

砂山さんが仕事で編集を担当していた講談社の雑誌『若い女性』誌に掲載するインテリア写真ページに私は窓ガラスに貼るカラートーンにカモメの絵を描き、室内に飾る小さな額絵数点も砂山さんから依頼され掲載されている。  砂山さんは出版業界に精通し、私に出版業界への扉を開かせてくれた恩人だった。出版業界に顔の広い砂山さんからは宇野亜喜良さんや、平凡出版社の編集者の椎根和さんとグラフィック・デザイナーの松原壮夫さんなどを紹介された。

平凡出版社はその後マガジンハウスに社名変更したが、その椎根さんから依頼されて描いた私の鉛筆画を松原さんがカラーで構成し、『平凡パンチ』誌に8ページのイラストレーション作品「Sainte Nymphette」として掲載された。  1969年21才の時だったが、椎根さんはフランクな性格で業界のいろんな話をしてくれた。阿佐ヶ谷美術学園出身で私の一年先輩のウノ・カマキリさんも同じようにイラストレーション作品が『平凡パンチ』から発表されデビューしたことなども知った。  それから、私を色々な所へ連れて二人で飲み歩き、深夜にもかかわらず、世田谷の三軒茶屋の椎根さんの住まいにも連れて行ってくれた。  奥さんだろうと思われる優しい若い女性が一人いて、突然やってきた私たちに、かいがいしくおにぎりを作ってくれて、私は申し訳なく思った。

そしてその翌日、今度は椎根さんを懸賞金で買ったテレビやカーテンや机や、照明や小物などで飾りつけた私の小さな三角部屋へ連れて行ったが、人見知りな私の彼女はその気配をいち早く察知して、部屋にはいなかった。  彼女のことを隠していた訳ではないが、椎根さんは部屋の中を見渡して鋭く、「女もいるだろ」といった。天井からぶら下がっている電燈の笠が女性好みのオレンジ色のかわいいデザインだったので、わかったようだった。

それから、新書館のアートディレクターをしている宇野亜喜良さんにイラストレーションの仕事を紹介してもらった。  新書館の「ビートルズ詩集・愛こそすべて」(訳・羽切美代子1971年)という小型書籍の挿絵だったが、私の持っていたガラクタのマネキン人形の手や彼女の持っていた香水瓶に、アクリル絵の具で絵を描きイラストレーションにした。  それが宇野さんに好評だったようで、フランス文学者の竹内健さんの本「世界でいちばん奇妙な話」(1969年)と「世界でいちばん孤独な話」「世界でいちばん残酷な話」と連続で装丁とイラストを自由に描かせてもらい、新書館が渋谷ジァン・ジァンで開催したビートルズ詩集の出版記念会にも招かれた。

私は当時、お気に入りだった縞模様のパンタロン姿でさっそうと駆けつけ、その開演を今か今かと観客席で待っていた。  ところが、開演の挨拶をすることになっていた宇野亜喜良さんが遅れて、なかなか始まらない。すると突然、会場のスピーカーが「本のイラストをお描きになった藤本蒼さんにご挨拶していただきます」と大きな声でいっているではないか。私は仰天し、聞いてないよとつぶやきながらも観客席を立ちステージの方へ向かった。  新書館の担当編集者の白石征さんが申し訳なさそうに手招きし、ステージに立った私を大勢の観客がいっせいに凝視しているなか、人前に出るのが苦手な私は膝が震え、蚊の泣くような小さな声でマイクにむかい、「ビートルズの事を何も知らないでイラスト描きました。…すんません」とぼそっといってステージを逃げるように降り、観客の失笑と罵声がこだましていた。  その後、遅れてステージに立った宇野亜喜良さんは何があったのかわからず、会場が白けていたので、どうしたのかとキョロキョロしていた。

この頃(1969年)に、日本テレビの深夜番組11PMに作品と共に出演した。どういう経緯で、出演依頼があったのかは憶えていないが、たぶん、当時描いていた『平凡パンチ』のイラストレーションなどをテレビ局のスタッフがご覧になったのだろうと思う。  ちょうど新書館の白石さんと喫茶店で打ち合わせをしていた時に、白石さんにその事を話すと、なぜか同行するといってくれ、そのまま白石さんに日本テレビへタクシーで送ってもらった。  出演依頼の電話で神経が高ぶっていた私に、彼女が鎮静剤の錠剤を一粒くれたので服用して気分を落ち着かせ、テレビ局のスタジオに入ると『平凡パンチ』や新書館などに掲載された私のイラストが拡大され、スタジオの壁一面にでかでかと貼り巡らしてあり、その前に大橋巨泉さんと松岡きっこさんがテーブルに向かって座っていた。

係の人の案内で、その横に座らされ、私と同年代の松岡さんが私を見つめて親しそうに微笑み、何かしきりにしゃべりかけてくるが、私は鎮静剤の影響で眠くなってしまい、頭がぼやけて何をしゃべったかも全然憶えていない。  放送終了後のテレビスタジオで、アニメーターの久里洋二さんが私に近づいてきたので、大変驚いた。そして久里さんは、私の作品が面白いとしきりに褒めてくれ、「この原画を買うから自宅へ持ってきてくれ」と壁の絵の一点を指差していわれた。  私はテレビ局からもらったタクシーチケットでタクシーに乗り、帰る途中ずっと感激に打ち震えていた。

翌日、さっそく千代田区にある玄関に小さな額絵がいっぱい飾られた、久里さんの素敵なお宅へ作品を届けに行ったのはいうまでもない。

(つづく)

週刊・平凡パンチ誌の「SAINTE NYMPHETTE」8ページイラストレーション

1969

1969,Copyright(C)2013 AoiFujimoto.

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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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