新天地・千葉に引っ越す

青梅市の家では、私の両親と数年同居していたが、私が難病にかかってしまったので、頼りにならないと私に見切りをつけた両親は、金沢の親類に中古物件を見つけてもらって金沢へ戻ってしまった。  そんなことで、私は親の頭金を返済するため今住んでいる家を売却しなければならなくなり、再び転居する準備を始めた。

私の体調は下血のため貧血になり、便秘と下痢を繰り返し思わしくなく、本来ならば人工肛門をつけなければならない状態だったが、その医師は「君はまだ若いから、近い将来の治療法に期待して今は薬だけで経過観察しよう」といった。

当時、青梅の自宅近くは交通の便が悪く、自転車での移動も限界があるため思いきって、自動車の免許を初取得した。  毎回自転車で教習所に通っていたが、青梅の自宅と拝島の教習所までは距離が結構あり、途中貧血で倒れそうになったりして、自動販売機があるとそこでひと休みしながら通った。  さらに仕事でしばしば教習が中断してしまい、挙句の果てに教習所から催促の電話がかかるなど、受講の期間が六ヶ月ぎりぎりまでかかってしまい33歳での苦労しての取得だった。

初めての自家用車は、彼女が買い物がてら、家電を買うように中古車の赤いシビックを買ってきた。そして、教習所では当時高速の実技教習はしてなかったのに、いきなり家族を乗せて高速道路を走行して、次に住む物件を色々と探しまわっていた。

そんな落ち込んだ状況の中でも、イラストレーション仕事の他に個展用の油絵を描いていたが、たまたま新宿住友ビル第1回洋画ミニチュア大賞展で作品を募集しているという情報を見つけ、小さいサイズの油彩なので短期間で描き上げて、「童夢」という題名をつけ応募したところ、佳作を受賞した。  それから、第47回日本版画協会展にもリトグラフを初出品したところ入選した。この時、中野にあった紅画廊のオーナーが私の版画に眼をつけてくれ誘われたのに、私は版画の道だけへ進むことに迷い決心できなかった。  さらに、東京都美術館の第5回イラストレーション部門に私も招待され出品。先の新宿住友ビル第1回洋画ミニチュア大賞展受賞作家展にも招待出品された。 また翌年の、新宿住友ビル第2回洋画ミニチュア大賞展に入選した。これらの絵が、窮地に陥った私を大いに元気づけてくれた。

仕事では、ダイエーが刊行していた『月刊ダイエー白書』(『オレンジページ』誌の前身)の扉絵をリトグラフ版画で制作し、12点が連載された。  それから、徳間書店の今井鎮夫さんから「新黙示録」シリーズなどの小説家、志茂田景樹さん作品のカバーイラストレーションを依頼され、以後たくさん描かせていただいた。また、志茂田さんの「黄金の葉茶壺」(徳間文庫)の巻末に掲載する解説文も依頼されたりした。

いつだったか、六本木ディスコ「マハラジャ」での志茂田さんのパーティーの余興で、裸の男がタライの中で行水して踊っていたのが志茂田さんご本人だと知って驚いた。  しかし、一番忘れられないのは後年になり、志茂田さんに成田のボロ倉庫へ来てもらい、そこで私の息子の型破りな結婚式をし、痛快に歌いまくっていただいた楽しい思い出だ。

志茂田さんの仕事と同じ頃、セルフ出版の『コミックセルフ』誌の表紙イラストレーションの依頼があり、1994年に廃刊されるまで連載された。同じ時期、日本出版社の『V・コミック』誌の表紙イラストレーションも始まり、2000年に廃刊されるまで連載された。

さらに、新たな分野の仕事で、小学校教科書の「新しい算数」2年(下)と3年(下)(東京書籍刊)の挿絵も作成するようになった。当時、東京書籍担当者の安部英伸さんと立川駅前の喫茶店「クリムト」で打ち合わせし、子供向けの感性で描いてくれと依頼されたことなどを憶えている。

これらの教育的な教科書と反対に、娯楽的なアダルト雑誌の両方のイラストレーションを同時期に描いていて気分の切り替えが大変だったが、その仕事は次第に増え、セルフ出版の『劇画ブッチャー』誌の表紙イラストレーション制作なども担当し、1982年に廃刊されるまで連載された。  そして、辰巳出版の『GIRLY COMIX』誌の表紙イラストレーションも連載で制作した。  また、東京書籍の「新しい算数」も、2年~6年までの挿絵の作成をするなど、長く続いた。  それから、日向あき子さんの著書「ポップ神話作用〜都市のイメージ112」(ブロンズ社刊)に12人の作家たちとして私も紹介された。  さらに、1982年にグラフィック社編”WOMEN”Drawings by77Japanese Illustrators「イラストレーション・女」作品集に「魔女と使い魔」「極楽鳥」「海龍観音」の三作品が収録された。

そんな時、不幸中の幸いか当時は地価が値上がりしていたため、青梅の家が幸運にも凄く高値で売れた。  その差額のお金で親の頭金を返済し青梅の家を売り、1981年千葉県に5LDKの築一年の格安物件を彼女が住宅情報誌で見つけ購入し、西多摩から東京を飛び越えて、千葉の富里へ彼女と子供と動物たちと共に転居した。

私の仕事が不安定な自由業なので、彼女は占いに凝るようになっていた。この中古物件に決めたのも方角を占った結果の判断だった。  さらに気分一新するため、彼女が姓名判断をして、私が亥年なので本名に猪を加え、「藤本蒼猪」という初の画号を作った。

以前、住んでいた多摩地方の冬は、周りを囲むような山からの寒風が厳しく吹き降ろして、青梅の家の駐車場の屋根が雹で穴が開いたりしたが、千葉の富里に最初に転居した印象は、見渡すかぎり畑と牧場の平野の台地で、冬の寒さは多摩より緩く感じた。富里は全体が平坦なところで地元の人が山といっているのは、防風林の雑木林だったので少し違和感があった。  また、車で30分ほどの九十九里浜の海へは、よく遊びに行ったものだ。

成田空港には車で7分くらいの近さで、発着する旅客機が見えるがコースがはずれていて、騒音はあまり不快ではない。  富里に鉄道の駅はなく、日常の足として電車よりも車で高速道路の富里インターチェンジを利用している。  近くの駅は、成田空港傍の京成線芝山千代田駅だが、まだ利用したことがない。小学校は子供の足で歩いて30分くらいの所にあり、最近では歩いて行ける所にコンビニもできたが、スーパーマーケットなどへの買い物は車がないとやはり不便である。

最初の頃は、打ち合わせや原画を届けに頻繁に車で東京へ通っていたが、その後は電話やFAXで打ち合わせして原画は郵送か宅配便で送っていた。最近では電子メールで打ち合わせし、原画でなくネットでイラストレーションのデータを送信している。  東京にいた時のように、仕事関係者が気軽に訪れることはなくなったが、そのかわり絵を描くことに集中でき、家族と日帰りの温泉や旅行やショッピングなど生活も楽しむようになった。

また、千葉に引っ越してからのことだが、私の作品を続けて買っていただいていたキャバレー「銀座ハリウッド」の経営者で、絵画コレクターの福富太郎さんのご好意で、福富さんがオーナーである渋谷の画廊、黒船屋で1983年に個展を開催していただいた。  しかし、私は画廊企画のつもりで、自分で宣伝活動を全くしなかったもので、会期真近に福富さんが慌てて宣伝チラシを作ってくれた。  私にとっては第6回目の個展になったが、場所はとてもよかったのに宣伝不足のため、売れない失敗の展覧会となった。しかし、福富さんとの絆が益々増した思いがして嬉しかった。

福富さんは、私が銀座のギャラリー・デコールで最初に個展をした時に、昔、スタヂオ・ユニの浅川さんからの依頼で、クラシックカーにテデイベアが乗っている可愛いイラストレーションの広告ステッカーを描いたことがあり、その原画を個展で展示していたところ、その額絵をお嬢さん用に買ってくれた。    それ以来ずっとのお付き合いで、私の個展にも来ていただき、福富さんの店のパーティーにも何度も招待され、会場で版画家の池田満寿夫さんや美術評論家の瀬木慎一さんも紹介していただいた。  福富さんは、ガラガラ声の江戸っ子べらんめえ調でしゃべり、私が知らない水商売の玄人で、私に「キミはもっと遊ばなければダメだ」と、いつもいってくれた。

千葉に引っ越した頃、地元・成田地域のミニコミ紙『ぼんぼん』2月7日号のトップに、私を紹介する記事が掲載された。  そのぼんぼん企画のイラストレーター、伊藤正未知さんが私のイラストに注目していたことから、掲載されることになったのだが、千葉が私を歓迎してくれたようで大変心強く、嬉しく思った。

(つづく)

新宿住友ビル第1回洋画ミニチュア大賞展受賞作「童夢」

1979

1979,Copyright(C)2013 AoiFujimoto. All Rights Reserved.

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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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