初の画集「怪物伝説」

私の初の画文集は「怪物伝説」というものだった。  これは、直木賞作家高橋克彦さんに推薦文をいただき、1997年に白夜書房から刊行した。  それまでにも何度か、今までの絵をまとめて画集にしたらどうか、というようなご提案をいろいろな方からもらっていたのだが、私にはこだわりがあった。  自分としては単なる作品集ではなく、何か大きなひとつのテーマで描き下した本を出したかったのだ。

この画集が出来た経緯はこうだ。  1989年に、学研パブリッシング(当時、学研)のオカルト雑誌『ムー』誌12月号の巻末2色刷り特集で、幻獣図鑑のイラストレーションを描かせていただき、この絵がカラーになったらいいだろうなと思いながら、それぞれの幻獣を描いていた。  その時は本当に楽しく、あまり細かい注文もなかったので、自由な発想で描かせていただいた。  文は作家の山梨賢一さんで、「異次元世界に棲み、災厄と幸運を司る動物たち」と副題がつけられていた。  私は、扉絵にドラゴンが古風な額縁から抜け出てきたような絵を描き、本文には、見た者の命を一瞬にして奪う異形なる蛇の王「バジリスク」、終末のとき姿を現すという謎の超巨大海生動物「クラーケン」、道ゆく人に謎をかける顔は人間で体はライオンの怪物「スフィンクス」、火の中を好んですみかとする正体不明の怪獣「サラマンドラ」、善悪両面をもって伝えられる半人半魚の恐るべき怪物「オアンネス」、美しい歌声で船乗りを誘い奈落の底に突き落とす「セイレーン」、万病に効く角を持ち優雅な白馬の姿をした一角獣「ユニコーン」、声はすれども姿は見えずとらえどころのない闇の異獣「ヌエ」、生と死を500年の周期でくり返す永世の不死鳥「フェニックス」、象さえもかっさらったという恐るべき逸話をもつ巨鳥「ロック」、金銀の鉱脈を餌にする一攫千金のドリームバード「アリカント」、姿すらも定かでない実体不明のアフリカの幻獣「カトブレバス」、訪問者が涅槃に登りつめたときようやくその姿を現す幻獣「ア・バオ・ア・クゥー」、口から毒気を吐きながら襲いかかる9つの頭を持った水蛇「ヒドラ」、湖に出没する半竜半馬のグロテスクな霊獣「水馬」、水のなかにひそみ人の姿を見ると襲いかかる水魔「鬼弾」、海底の砂泥で悠久の夢をむさぼり幻想の風景を気で描く「シン」、小山を巻いてもありあまる日本最大の超怪物「大百足」、幻獣論「闇の世界に生き残った魔族」の各イラストレーションを描いた。

これらのタイトル小見出し文を見ているだけで面白く、イメージが次々と脳裏に湧き上がってくる。  現実に存在する動物を描く時は、例えばライオンの耳の後ろ側は黒いとか、正確でないと、それで動物の形態を覚えようとする人のためにはならないし、動物学者から間違いを指摘されてしまうが、幻想の生き物は実際には存在しないので、本文を読んでイメージしたままを自由に描け、幻獣の参考文献についても、手持ちの僅かな本からの知識しかないが、そんなに資料調べもすることなく気楽に描けた。  さらに、1992年にPHPから出た實吉達郎さんの「世界空想動物記」という本にも、挿絵をたくさん描かせていただき、これもモノクロイラストレーションだったので、いよいよ欲求不満が爆発して本気になってしまった。

それらの仕事がヒントになり、依頼もされていないが自発的に金箔をちりばめた極彩色で新たに私が選んだ20点の「フェニックス」「ドラゴン」「ユニコーン」「スフィンクス」「人魚」「セイレーン」「マンドラゴラ」「ペガサス」「ミノタウロス」「牧神パン」「ケンタウロス」「グリフィン」「スカラベ」「鳳凰」「龍」「麒麟」「河童」「鬼」「獏」「ガルーダ」の怪物を仕事の合間にキャンバスに絵具で描き溜め、それぞれの怪物の説明文も当時は自分でワープロ打ちして、フロッピーに保存していった。

当時は毎月、仕事でお世話になり白夜書房へ出かけていた。  だめもとで電話したところ、白夜書房の森下信太郎社長が会ってくれるという。意外だったが、気の変わらないうちにと直ぐに駆けつけた。  立派な社長室に案内され、歌手の中条きよしさんの顔にちょっと似た美男子の森下社長が現われた。  そして、その原画を収納したファイルを森下社長にお見せしたところ、社長はひとこと「面白いね」といってくれ、あっけないほど簡単に何の苦労もなく、そのまま画集として刊行する流れとなった。  どのような理由で私の画集を出していただけるのか訊ねたが、ただ、にこやかに笑っておられた。    そして編集プロセスで白夜書房の制作部、福田博人さんから「有名人の推薦文がほしい」といわれ、その当時、徳間書店の挿絵でお世話になっていた高橋克彦さんに画集の中の人魚の絵を稿料とすることで引き受けてもらえないかと、文書でお願いしたところ快諾いただいた。  高橋さんは当時、もっと長い文章で書かせてくれとおっしゃられたが、高橋さんの高い稿料が払えない私は、なんとか短文にしてお金も払わずに絵で許してもらったのだった。

高橋さんとは、氏の直木賞受賞式の時に初めてお会いし、1988年に徳間書店の『SFアドベンチャー』誌で最初に、高橋さんの「鬼追者」という物語の挿絵を描かせていただき、その後別の作品のシリーズで「刻謎宮」の挿絵を1999年頃まで連載で描かせていただいた。  そして、その後も様々な本のカバー絵など描かせていただいている。  高橋さんと私は同年齢で、高橋さんの小説の主人公に高橋さんのお人柄が溢れていて親近感と好感を私は勝手に持っている。

そして、ギャラリー・デコールの西山さんに発注して原画を額装してもらい、それらの絵を展示した私の第8回目の個展「怪物伝説」を、林滋さんの銀座・彩林堂画廊企画で開催した。この時も古くからの知人に大勢来てもらい、多いに感謝している。  私の個展は画廊企画でなければ出来ないし、画集も自費出版では無理だ。それが幸運にも、こんなとんとん拍子に画家冥利に尽きる初画集の刊行や個展企画が進んだのは、ひょっとしたら私は陰から怪物や妖怪に助けられているのかもしれない。

(つづく)

画文集「怪物伝説」(白夜書房)より「人魚」

1997

1997,Copyright(C)2013 AoiFujimoto. All Rights Reserved.

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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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