絵は縁起物

「よぉ、先生! 早く出来たな」   福富太郎さんに注文された絵を描き上げ、福富さんの会社へ届けに行った時のことである。  福富さんはそういって、嬉しそうに絵を眺めながら、「絵は縁起物だからな」とボソッとひとりごとのようにいわれた。  私は何のことか分からず黙っていると、「絵を買うのに値切っちゃあ、縁起が悪いわい」とまたひとりごと。  絵をじっと凝視しながら、傍らの秘書の三宅さんを無言で手招きして画料を持ってこさせ、私に黙って手渡してくれた。  私は今まで個展をするたびに、福富さんに絵を買っていただき、展覧会以外でも様々な絵を注文してもらっている。  福富さんは南海開発株式会社の名誉会長で、1964年頃から大型キャバレーの「銀座ハリウッド」を経営し、絵画蒐集家としてもマスコミに知られ、自身の美術コレクションを収蔵する洗足池美術館の館主である。

福富さんは十六歳も年下の若輩者の私を、何故かいつも“先生”と呼ぶ。私のような職種の人間を、福富さんの業界ではそう呼ぶ慣わしなのかもしれないが、その度に私は気後れする。  そして、帰りの車を運転しながら、絵は縁起物だという言葉がコマのように私の頭の中をグルグルと回っていた。

福富さんは、一般にあまり知られていないような画家の絵を発掘しコレクションする目利きで、その筆頭は江戸幕末から明治初期の絵師である河鍋曉斎だろう。そのような絵師たちは縁起のよい絵をたくさん描いている。  当時の日本人にとっては、縁起物の絵を身近に置いて、良きことがあるように祝い、祈ったり、幸せを願うのは自然なことだっただろう。  昔は縁起物の絵で、五穀豊穣、大漁追福、商売繁盛、家内安全、無病息災、安寧長寿、夫婦円満、子孫繁栄、祖先崇拝や招福祈願、厄除祈念などを祈願した。  西洋の風景画や静物画に縁起物の要素はあまり見受けられないが、日本の古くからの絵画は、葛飾北斎の冨嶽三十六景の凱風快晴(通称 赤富士)に見られるように赤は魔除けなど縁起がよいということから、風景画でも縁起物とされている。  福富さんは絵画を護符のようにみているらしく、福富さんから絵は縁起物だと示唆され、私もそう考えるようになった。

そういえば、白夜書房の社名がセルフ出版だった1978年頃から『コミックセルフ』誌の表紙イラストを描かせていただき、社長の森下信太郎さんに私の個展で、「ガラスの少女」という題の鉛筆画を最初に買ってもらった。  それ以来、現在まで個展のたびに様々な絵を買っていただいたが、やはりそれが商売繁盛や、招福祈願の縁起物的な作品だったからだろうか。

1990年頃から観相学の大家、藤木相元さんの人相本のイラストレーションや発明品のデザインの仕事をさせていただいていた。  その頃に、藤木さんから株式会社水晶院を紹介され、その開運七福神絵を赤い線画で描き直した絵を、小さな掛け軸の巻物として通信販売された。  その後、2001年に「寶銭亀財神」という縁起物のデザインや「黄金の群れ」と「黄金の実り」などの様々な風水画を依頼され現在に至っている。  水晶院社長の田中利昭さんにも開運を表した絵を買っていただいている。

ある時、田中社長から私が以前描いた怪奇的な絵よりも、通俗的で縁起物の絵の方だけを描く吉祥風水画家になってくれたら…と言うようなことをいわれたことがあったが、私は“依頼されれば何でも描くイラストレーター”を目指しているので、もちろん依頼されれば描くが、通俗的なだけでは芸がないと思い、ちょっと返事に困ってしまった。

また、ミサキ三伸の水上富雄さんより依頼され、龍頭の宝船に乗った七福神の絵「開運七福神」と、宝珠を中心に富士山の上で雲のようにうねる龍の絵「雲龍図」、昇り龍と遊ぶ七福神の絵「昇龍七福神」の絵を描き、縁起物のジグソーパズルとして1999年に発売された。  株式会社ミサキ三伸は埼玉県児玉町に本部と東京の杉並に営業所があり、そこのアートギャラリー事業部でジグソーパズルを生産して、全国の玩具店へ卸している。  私の絵は、「JIGSAW PUZZLE COLLECTION 不二本蒼生の龍神伝説 天の導き~そして未来へ~」という商品名で売り出された。  「龍は、中国最高の霊獣であり、古来より吉兆を運ぶとされている。この作品を部屋に飾ることにより家庭に福がおとずれるでしょう。」と記載されたリーフレットもあった。

初期の銀座ギャラリー・デコールでの個展で売れた私の絵は現在、所蔵先不明になっているのだが、そのほとんどは当時、林滋さんが買ったと思われる。  林さんはその他にも、「タリズマニック・フラワー」と「蝉の自画像」(1992年)、1998年に私の画集「怪物伝説」の原画、ケンタウロス、スフィンクス、セイレーン、スカラベ、バク、カッパ、ミノタウロス、牧神パン、麒麟、フェニックス、マンドラゴラ、グリフィン、ガルーダ、龍、鬼と「怪物伝説」のほとんどの絵を買っていただいた。  「タリズマニック・フラワー」のタリズマニックとは、タリスマン(talisman)、つまりお守りのことであり、私は常に絵を護符と意識して描いている。  絵は、護符や縁起物として祈願しながら描くことが大事だと私は確信するようになり、例えば「血の本」で描いたような怖い鬼のような形相のホラー絵も、魔除けとして玄関などに飾れば邪気を払うと考えている。

水晶院で通信販売された「夫婦瀧登り鯉」の風水画だが、人気占い師がテレビ番組で、鯉の絵の持つ「金運招来」のご利益について語ったことで大反響を呼んだが、その話によれば本当に金運を呼ぶ鯉の絵とは「動きに勢いがあり力強い一対の真鯉と緋鯉の夫婦鯉で、瀧の激しい水に打たれても見開いているギョロリとした目」が重要とされるという。  私は、生命力に満ち溢れる昇り鯉を風水学に基づいて、虹を描くことで風水の五行(木火土金水)を表す青・赤・黄・白・黒の五つの風水色で彩色した。  勢いよく流れ落ちる水流は次々やってくる金運を表し、鯉が大きな口を開けてまさに金運を丸のみし、運をのがさないよう目を見開き、跳ねる尾は邪気を振り払う厄除けの力を表している。  鯉は出世栄達を象徴する大変縁起のよいとされる魚、また、「来い」に通じ、お客様来い来い、財運招来、商売繁盛、良縁招来、を叶えるとされ、さらに、仲睦まじい夫婦鯉は、家庭円満、子孫繁栄を象徴するという。

(つづく)

水晶院「夫婦瀧登り鯉」の風水画

2004.2006

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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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