動物と暮らす

小学生の頃に、ガリガリに痩せた捨て犬を拾ってきたことがある。私はポチと名前を付けて、台所でご飯に煮干をほぐして混ぜたものを与えたら、ガツガツと息急き切って食べた。 異様な臭いがするので、雑巾で身体を拭くと尻尾をちぎれるほど振りながら、眼ヤニで汚れた小さな目で私を見つめている。しばらくすると何か苦しそうに吐き出したので、見てみると数本の白い麺のようなもので、それは少し動いていたから、たぶん寄生虫だったのだろうと思う。

翌日、学校から帰ってポチと遊ぼうと思って台所の流しあたりを探したが、どこにもいない。母に聞いたら「どっかへ行ったが」といわれた。私は慌てて近所を探しまわったが、どこにも見当たらなかった。ポチは病気のようで、あまり動かず元気がなかったから、学校でも授業中にポチのことばかりずっと考えていた。今考えると、ポチは私が学校へ行っている間に、潔癖症の母に再び捨てられたのだろうと思う。

子供の頃から動物が好きだったが、母に怒られるのでずっと生き物を飼うのを諦めていた。しかし、私が大人になり上京して彼女と暮らし始め、どん底の生活をしていたのに、彼女は捨て猫を拾ってきた。ちっちゃな赤猫だったのでチョンコと名前を付けたら、私の心にずっと我慢していた何かが弾けた。残飯に花カツオと味噌汁をかけたネコマンマを与えると、舌で舐めるように食べていた。彼女も私と同じ動物好きだったことがわかって安心し、家族が増えたようで嬉しかった。    私の住んでいる所は畑や林が多い田園地帯で、狸や蛇や野鳥などの野生生物も多くいるが、農業にとって有害とされる生き物を駆除するハンターが猟銃で獣や鳥を撃ち殺す時の、乾いた銃声がたびたび聞こえる。近くには池や川などもあり、魚を釣り食べもしないで水辺に放置していく人もいる。 自然は弱肉強食で生きるために殺すのは仕方がないと思うが、私は生き物を養い育て共に生きるほうが子供の頃から好きである。

私はイラストレーターという自由業だが、私自身も野良猫や野良犬と同然だと思っていて、そのように生きている動物に共感する。でも、私が生きてこれたのは様々な人たちに助けられ生かされてきたと感謝している。だから、私も生きている間は私と関わった生き物たちを出来るだけ養い助けたいと思っている。室内に虫が紛れ込んでいると「ここはお前の生きる場所ではないよ」とつぶやきながら、小さな容器をかぶせて捕獲し戸外へ逃がしてやる。霊魂のように蝶がひらひらと舞っているのは、あれは誰かの生まれ変わりで蝶になっているのだと輪廻転生を思い浮かべる。誰かが死んでハエに生まれ変わってきたのではなかろうかと、ハエでも殺す時は躊躇する。

彼女は、犬よりも小さい猫の方が好みだそうだが、私は大きな馬でも鳥でも魚でも爬虫類でも、生き物はなんでも好きだ。ただ、自分がその生き物を飼えるかどうかが問題で、動物を飼うということは、その生き物が快適に生きられるように環境を整え、管理世話をしていつもチェックしていなければならない。仕事などでどんなに忙しくても生き物は待ってくれない。常に愛情をもって接し、新鮮な水と餌を与えるのはもちろん、糞の始末をし環境を掃除して、ケガや病気などのハプニングが発生したら直ぐに対処しなければならない。

それに、動物に関しての知識が必要で、熱帯魚を飼育していた時、かわいさのあまり見るたびに餌を与えていたら、食べすぎと水質変化で病気になり死んでしまった。熱帯魚の飼育は温度管理も難しくて、夏場は水温が上昇しすぎて死なしてしまい、結局は金魚や鯉を飼うようになった。去勢した猫に間違った愛情で餌を与えすぎると、尿路結石や糖尿病などになってしまう。何かを飲み込んでしまい食欲がなく元気がないので、動物病院でレントゲン撮影し開腹手術をしたら、ピスタチオの殻の破片が出てきた。

生き物は常に注意し配慮が必要なのだ。自分の慰めのためだけで気まぐれに生き物を飼おうとしては絶対にいけない。生き物を飼育することは、生き物の一生を面倒見る責任が発生することを自覚しなければならない。生き物を飼っていると、自分が死んだ後に残された動物たちが捨てられてしまうのではないかと、その行く末が心配で仕方がない。自分が病気になってしまえば、生き物の世話も出来なくなるから、自分はいつも健康に気をつけ、病気にならないようにサプリメントを飲んだりして、予防医学に関心をもって様々な健康法を試したり、不摂生などしないように心がけるようになり、無理な夜更かしも深酒もしなくなった。

いつも自分の身近に生き物がいて、自分と同じように食べて寝て排泄し年を取り、病気になったり死ぬ自然の一部を共感する。私が生きているのは、私のまわりにいる生き物たちのお陰かもしれない。私が動物達を助け養っていたと思い込んでいたが、本当は私の方が動物たちに助けられ養ってもらっていたのかもしれない。動物が好きで動物の絵を描くことも好きだ。様々な形態とその生き方につきない魅力を感じながら描いている。生き物の絵を描く時に観察すると、その美しさと自然の不思議に驚嘆し、命はかけがえのない素晴らしいものだと感じている。

1988年に、日本出版から動物たちの子育て「イヌワシはヒナを飢えさせて巣立ちを促す」という書籍の挿画を40点ほど描かせていただいた。この題名を見ると私は自分の両親を思い出すが、その本の推薦文を「野生のエルザ」の翻訳者で知られる動物作家の藤原英司さんと、アフリカの動物映画でも有名な監督の羽仁進さんの旧知のお二人にお願いして書いていただいた。その推薦文を読んで、お二人の動物に対する理解と暖かい気持ちが伝わった。  また、畑正憲さんとジェルミ・エンジェルさんの翻訳によるジェイムズ・ヘリオット著「ドクター・ヘリオットの愛犬物語」(集英社刊)という本のカバーイラストも描かせていただいた。犬好きなら、読んでいて共感を覚える本だ。   (つづく)

「イヌワシはヒナを飢えさせて巣立ちを促す」カバー絵

1988

「愛犬物語」カバー絵

1988dog

1988.1988dog,Copyright(C)2013 AoiFujimoto.

年内連載のこの回想記に 「イラストレーター夜講」と題し、 ブログには書かなかった、私のイラストレーションのマル秘技法や、 プロとしての仕事の進め方など、 今まであまり語らなかった創作秘話を追加して 電子書籍化されました。お読みいただければ幸いです。

不二本蒼生の回想記「絵空迷宮」kindle版電子書籍  アマゾンより発売中→ http://p.tl/vuj1

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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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