追悼

「女の人から手紙が届いたわよ」と妻が訝しげに私を睨みながら一通の封書を手渡してくれた。差出人のお名前に見覚えがあった。「これはフランス文学者の竹内健先生所縁の人からでは・・・」と呟きつつも同時に不吉な予感がした。手元の鈍らなペーパーナイフで開封しようとするが気が急くからか、もどかしい。趣のある和紙の封筒で紙質が丈夫なせいかスムーズに上端が切れずにギザギザになってしまった。一読しながら様々な想いが走馬灯のように脳裏を駆け回り、やがて深い自己嫌悪に陥いり愕然とした。

やはり訃報だった。毎年必ず年賀状を交換し、それとなく安否を確認していたつもりだった。ずいぶん昔に古代の神さまの研究をしていると伺ったこともあり、西伊豆の海水浴にも誘われたりもしたが当時は仕事が忙しくて参加できなかったことが残念だった。竹内先生から去年いただいた御年賀状に新春狂歌として「また一歩冥土近付く・・・等」と達筆で書かれてあったので後顧の憂いだったが、今年はついに竹内先生からの年賀状は届かなかった。その御手紙によると晩年の竹内先生は修行僧のような生活をされておられたようで、肝癌を患いながらも治療を一切拒否し享年八十歳とのことだった。竹内先生の詠まれた辞世の狂歌を拝読しながらもっとお付き合いを深めておけば良かったのにと心から悔やんだ。

いまさらながら歳月のあわただしく過ぎ去る烏兎怱々に驚く。竹内先生と知り合ったのは、1960年代ごろ新書館のアート・ディレクターを当時されておられた宇野亜喜良先生から竹内先生ご著書の装幀やイラストレーションを依頼され、その時に著者の竹内先生を紹介された。当時私は東京都内のアパートに妻子と住み、幸運にも仕事上の交友関係に大変に恵まれ、浅学非才で若輩の身ながら様々な編集者や高名な人達などもアパートへ訪ねて来てくださっていた。が、その後、子供やペット動物が増えるとともに東京から郊外へ転居し、ついに1981年東京から千葉県へ転居した。その後、修身斉家を優先し、東京の知人たちと疎遠になってしまい、いつの間にか歳月は過ぎてしまっていた。末尾ながら、竹内先生の略歴と本名で描かせていただいた拙作の装幀やイラストレーションの一部画像を掲載させていただいた。竹内先生のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。合掌

フランス文学者 故・竹内 健 先生の略歴
1935年名古屋生まれ、2015年12月23日遷化。1960年劇団「表現座」を主宰。イオネスコ、デュラをはじめとするヨーロッパ前衛劇を演出。以後、フランス語月刊総合誌編集を経て怪奇作家として活躍した。主な著書「竹内健戯曲集」思潮社、寺山修司さんに推薦され新書館から発行された「世界でいちばん奇妙な話」1969年9月25日初版「世界でいちばん残酷な話」1969年12月5日初版「世界でいちばん孤独な話」1970年5月15日初版
主な翻訳・ジャリ「ユビュ王」現代思潮社、評論「ゴダール」三一書房、

1969.9.25

1969.12.5

1970.5.15
1969.9.25,1969.12.5,1970.5.15,Copyright(C)2016 AoiFujimoto. All Rights Reserved.

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aoifujimoto について

1947年石川県金沢市生れ。69年平凡パンチ誌で8Pのイラストレーション作品掲載。73年芸術生活社の月刊芸術生活誌目次絵12点連載。75年に澁澤龍彦著東西不思議物語毎日新聞イラスト連載。87年集英社文庫カバー血の本シリーズイラスト連載。97年画文集怪物伝説白夜書房刊。02年富里市制記念親子馬の銅像デザイン制作。10年富里市案内板と27回トミサトスイカロードレースTシャツのイラストデザイン制作。個展13回。
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追悼 への3件のフィードバック

  1. 松田昌子 より:

    こんばんは。お便りで知り、ブログを拝見いたしました。ありがとうございました。
    懐かしい本の挿絵も、嬉しく拝見いたしました。ご健康、ご活躍を、お祈りいたします。

    いいね: 1人

  2. 實方 より:

    記事、拝読致しました。不二本先生のブログに、竹内師の事が書かれているのを教えて下さったのは、その封筒を出された方からでした。私は竹内師が60才の頃、約二年、年の半分位を先生のお住まいで居候をさせて頂きながら、師より、様々な事を学ばせて頂きました。師と最後にお会いしたのは、遷化される一月程前でした。一泊して辞去する時、これが最後かも、と言う予感を抱きつつ、深々とお礼の積もりで頭を下げ、失礼致しました。竹内師は最後まで思考を止める事を拒否し、その為に痛み止も癌の痛みを抑えるにひ余りに程遠いロキソニンのまで過ごされました。痛みもまた人生の楽しみとしなければならないと語られていた師は忘れられません。どこまで物事を見通せるか、を最期まで止めようとされなかった生涯の師でした。

    いいね: 1人

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